取材記


 一月二十七日、モーツアルト生誕二百五十周年のその日、ウィーンにおけるモーツアルトイアーが開幕した。
 ウィーン中心街、シュテファン寺院前の広場に、三ケ日仮説されたテントには、国内外の報道陣三百名が集結、市民や観光客は三々五々、関連情報、公式ガイドブック、記念切手などを求めて、陸続と詰め掛け、零下五度の外気との温度差を、その熱気で拡げている。
 オープニング会見に立ったウィーンモーツアルトイアー、ペーター・マルボー総監督は、
「モーツアルトのコンサート並びにオペラは、オペラ座、楽友協会ホール、モーツアルト時代の雰囲気のアン・デァ・ウィーン劇場で一年間を通して公演があります。又、シュテファン寺院ほかの教会で、モーツアルトの教会音楽を紹介します。若者や子供達にはワークショップや オープンスペースでの演奏会で直に曲に触れて欲しい。世界の人々には、既に愛されているモーツアルトをこれらの機会を通し、もっと好きになって頂きたい。」
と挨拶した。
 

 続いて場所を変え『モーツァルトハウス・ウィーン』のオープニング。
 この施設は、シュテファン寺院の裏、モーツァルトが一七八四年から二年半居住し、『フィガロハウス』として六〇余年親しまれて来た記念館が、一年強の改修を経て拡張リニューアル、改名されたものである。
 シュテファン寺院司教、ウィーン市長ほか多くの著名人、関係者によりオープニングセレモニーが行われた。ゆっくり回ってもらうための配慮がなされて、二十人毎十五分間隔で入れるのだが、入り口は長蛇の列、滞留する人も多く、すぐに館内は人いきれに包まれる。
 通常は有料で十時より二十時までの入館であるが、オープニングの三日間は二十四時間無料で多くの市民、観光客に開放された。
 見学コースはエレベーターでまず四階まで上がり、階段で下りながら、各階、各部屋の展示物を見るという順路。日本語ほか各国語ののオーディオガイドは無料で使用でき、展示物の前で細かい解説が聞けるようになっている。
 四階では、モーツァルトをして
「ここは、素晴らしいところです。これは私が保障いたします。つまり、この街は私の仕事にとって世界で最良の土地です。」
と言わしめた往時のウィーン、その街並みや文化を偲ばせる展示。
 三階は、音楽の世界。ダ・ポンテ三部作とよばれる『フィガロの結婚』『コジ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』に焦点を当てた展示や『魔笛』の世界。
 父親レオポルトが「家に相応しい全ての装飾を備えた美しい住まい」と讃えた二階の住居展示では、大理石の天使が天井を舞う寝室や、カード、ビリヤードのプレイルーム等を再現。
一階の売店、カフェに着く頃には 『魔笛』夜の女王のコロラトゥーラのアリアが耳から離れなくなっている。
果たして本館は、地下を含め六層でどっぷりとモーツァルトの世界にひたれる場所になった。
 街では、グランドホテルのモーツアルトレシピ再現創作メニュー、ホテル・インペリアル特製記念のトルテ、限定ラベル赤白ワイン、チョコレートなどを扱うプラザウイーン・ジャルックスのモーツアルトグッツコーナー等ホテル、商店、ブテッィク、書店のウインドウをモーツアルト関連商品が飾り、オペラ座前、ケルントナー通り入口の常設案内所の外壁「モーツアルトの雲」ディスプレイ、街頭のポールサイン(広告柱)やアドフラッグにモーツアルト横顔のシルエットが溢れている。

 市民はといえば、今年に限らずモーツアルトは常に自分達と共に有ると泰然として、それらを横目に見ながらも、切手に記念の消印を求めるなどでさりげなく、母国が生んだ偉人を旅人に向かい誇らしげに、そんな風情でモーツアルトイアーを見守っている。

 同夜、改装なったアン・デァ・ウィーン劇場、モーツァルト二十四歳、ミュンヘンで初演し、生涯で最も良い時期の思い出として、度々家族で配役し演じたとされる、『イドメネオ』2幕のプレミエ公演開幕。
 舞台の幅いっぱいにそびえ立つ階段が圧迫感をもって眼に迫る。書割は、大きな手、目、群鳥をモチーフとして画かれたシンプルでダイナミックな背景幕、それにシンクロする藍色の照明。それらがイドメネオや登場人物の苦悩を現わすかのよう。
 バレエの登場、古典的演出への期待を裏切られた向きもあるが、ウィリー・デッカーの新演出に圧倒される。イダマンテは王位を継承するが、エレットラとの自由な愛を選び、王冠を棄て、民衆は解放の歓びを謳い上げる。この時は、際立つように一転、明るい舞台と私服姿の衣装に変わり大団円を迎える。
 その民衆役は、アーノルド・シェーンベルグ合唱団が、スキンヘッドのメイク、階段をのたうつ演技も相俟って、期待通りの歌唱力を発揮。メゾソプラノのアンゲリカ・キルヒッシュラーガーは、ズボン役を見事にこなし、エレットラ役の、『東京オペラの森』出演でも度々来日するソプラノ歌手、バルバラ・フリットリは観客の耳目を奪った。
 残念ながら病気降板となった小澤征爾氏に代わって指揮台にたったウィーン出身のペーター・シュナイダーは、大御所としていきなり『イドメネオ』を振れるレパートリーの幅の広さを見せた。
 因みに、六月公演指揮代役はロバートランド・デ・ビリーである。
 同劇場はこうして、ウィーン国立歌劇場、フォルクスオーパーに続くウィーンで三つ目のオペラハウスとして生まれ変わり、年内モーツアルトオペラを上演する事となる。
 そして、モーツアルトイアー音楽プログラムは、5月〜6月のウィーン芸術週間および楽友協会ホールでの音楽祭、モーツアルトオペラ22全作品を上演する夏のザルツブルグ音楽祭をハイライトとしながら、没日12月5日のレクイエムコンサートまで続く。
 今年は、偶然にも精神分析を確立したジークムント・フロイトの生誕150周年でもある。5月5日〜10月29日までのフロイト記念館での特別展示や街中で足跡が紹介されるが、深層心理の観点からモーツアルトの精神世界を覗いてみるのも、モーツアルトイアーならではの一興であろう。